2002.12.1
夜久野で松本零士さんが講演 町おこしに「銀河鉄道999」の名前使用を承認 

控え室で
控え室で色紙と一緒に
 「星空」への関心が高まる夜久野町で1日、宇宙へのロマンをかきたてる人気作品を多数もつ漫画家、松本零士さんを迎えての講演会が開かれた。松本さんの心を宇宙へ向ける原点となった本が、夜久野町で執筆された縁で実現。記念に町へ「銀河鉄道999その心が生まれた夜久野」とのキャッチフレーズをプレゼントし、こんご町おこしのために「銀河
松本零士さん
宝物だという「大宇宙の旅」を手に
鉄道999」の名を使うことを認めた。講演会に先立って日本宇宙少年団夜久野分団の結団式も行われた。
 講演会は町、町教委、夜久野星空の会が主催し、高内の町農業者トレーニングセンターで行われた。 「銀河鉄道999」「宇宙戦艦ヤマト」「宇宙海賊キャプテンハーロック」など数々のヒット作を送り出してきた松本さん。デビューは早く、1953年、高校1年の時だった。作品は「蜜蜂の冒険」。採用の電報が届いたのが50年前の12月1日。その記念すべき日に、自身の人生を決定づけた本が生まれた地で講演することを感慨深く語りだした。
 松本さんが宇宙の概念を学んだのは、天文学者で後に京都産業大学を創設した荒木俊馬
松本零士さん講演会
キャッチフレーズとイラストを描いた色紙を除幕し、町へプレゼントする松本さん
さん(1897−1978)が、戦後夜久野に移り住んで子どもたちのためにと書いた物語「大宇宙の旅」だった。物語の形式をとりながら、宇宙の様々なことが科学的裏づけをもとに紹介されている。松本さんは中学生の時に姉に買ってもらった現物を持参し「随分汚れていますが、私の指紋しか着いていません。だれにも触らせない宝物なんです」と紹介した。
 内容は、光の女神が星野という少年を連れて、宇宙とはどういうものかを教えて回るもの。なぞの女性メーテルに連れられて星野少年が宇宙を旅し、様々な惑星で様々な出会いと体験をする「銀河鉄道999」と似ている。999を考えた時は締め切り直前だったため、「大宇宙の旅」のことは意識しておらず、後年気づいた。「この本は少年のころに私に刷り込まれ、DNAの一部となっていて、こんなところ(作品づくり)に出てくるんです」とのエピソードを明かし、「この本に巡り合わなければ、私は宇宙を深く考えない無頓着な作家になっていただろう」と話した。
 会場には町外からも多くの人が訪れ、聴衆は約200人に。子どもたちの姿もあり、松本さんは「50年前の人が『こうなるといいな』と夢描いたものを形にしてきて今になりました。未来は、未来を担う子どもたちの胸の中にあるのです。自分の夢も、人の夢も大事にしていれば、どんなこともかなうはずです」と結んだ。
 講演後、「銀河鉄道999その心が生まれた夜久野」と自著し、メーテルのイラストを入れた色紙を町にプレゼント。受け取った大江輝久夫町長は、「町づくりに活用したい」と感謝の言葉を述べた。